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1/05/2025

対話を拒否して頑なに迷う顕正会の会員

顕正会の方たちとお話をする機会がありました。お二人で、個人情報を伏せますので、男性Aさん女性Bさんとさせていただきます。

長くなるので結論ですが。

こちらの疑問には全く答えないです。というか答えられないのでしょう。そして、長々とまくしたてた後の最後には、自分たちから会話の席を立ちあがり、聞いたセリフが「話が並行線だ」「もう会いません」です(Bさん)。

私は切り捨てられました😢

自分の主張が受け入れられなければ「話が平行線」だから「もう会わない」(Bさん)だそうです。約束をしていないあなたが突然その場にAさんと一緒にいらっしゃっていて、私は無礙にするのもよくないと思い、それについては何も言わずにいたのに最後はそのセリフです。

こちらが持っていったリーフレットや資料に眼を通すこともなく受け取りも拒否。もちろん私は顕正会が配っている宣伝紙は知ってますし読んでます。

Aさんは私を今すぐには切らないとは言ってくれましたが、上の人と相談して・・・だそうです。何を相談するのでしょうかね。自分が無いのでしょうかというのもありますし、何でそこまで上から目線で言われなければならないのでしょうか。と言うのは言い過ぎでしょうか。

しかも実際の生活で謗法と知りつつそれを行っている自分がいるのに、日蓮正宗を謗法者呼ばわり。何なのでしょうか。言っていることとやっていることが違うところで信心しているからそういう信心になるのでしょう(信心と言っていいのでしょうかね)。それとも顕正会の言う信心は観念の世界のことなのでしょうか。

「国立戒壇」「御遺命破壊」「悪臨終」だ~云々などと、想像していたとおりまくしたてていかれましたが、顕正会のそれは全て誤りであると、とっくに済んでいることです。

私が所属する日蓮正宗寺院の法華講の心得の一つに「世間においても範士であれ」があります。「範」とは模範の範です(精選版 日本国語大辞典)。これは「世間においても模範となる人であれ」ということと理解しています。

私はまず一人の人として、当然自分自身も振り返りながら、この世間の人としてどうなのかなあというのをこの度のことに馳せて思いましたし、まずはじめに感じぜずにはいられませんでした。そういう出来事でした。

日蓮大聖人の御遺命は「血脈相承に随順する」ことと「広宣流布に向かって精進して本門寺の戒壇の建立を期する」ことです。

取るに足らない私ですが、この御遺命に従い、自他ともに仏道を成じて安らかに同じく寂光浄土に帰することができますよう祈らせていただきます。

追記:Aさんにはその後すぐまたラインでメールを送らせていただきましたがそのお返事はまだいただいていないです。Bさんからは連絡先も教えていただけませんでした。いつでもお待ちしています。


何かありましたら何でもお気軽にご連絡ください。
お待ちしています。


(注)申し訳ありませんが非通知、ワン切りの電話などには対応いたしかねます。

10/19/2024

顕正会は富士大石寺とは何の関係もない団体です

実は私、顕正会の会員でした。さかのぼれば40年近くでしょうか。その頃顕正会は日蓮正宗顕正会と名乗っていましたね。入会したきっかけは付き合いとかそんなことでしたし活動もさっぱりで、いつの間にか(だったと記憶しています)私を誘った方とも音信不通。ほぼ忘れていました。それで40年近く経って入会していたことを思い起こさせる出来事があり、きちんと退会することになるのですけれども、それはまた後日機会があればということで。

日蓮正宗顕正会と名乗っていたわけですが、その頃既に顕正会は日蓮正宗とは無関係。日蓮正宗からしてみたら勝手に名前を使われるのは迷惑で困るわけですし、世間一般的な道義的・倫理的にもいかがなものかと思わざるを得ないことです。当時の私は、若さのせいにはできないですが、そこまでの理解に至っていない浅はかな者でした。それにしても既にたくさんの法華講員の方やそうでない方も指摘しているとおり、顕正会そして会員の方に関わると本当に迷惑で困ることが多いのではないでしょうか。

顕正会は今から50年前の1974年(昭和50年)に日蓮正宗から除名れた故浅井昭衞(昭衛とも書く)が教祖となって活動を始めた団体です。除名とはその組織・団体の一員ではなくなるということですから、50年も前から故浅井昭衞およびそれに連なる顕正会の会員は日蓮正宗とは一切何の関りもないということなんです。それなのに未だいろいろと遠くで何かおっしゃっているようですね。

全くのお笑いにしかなりませんし、何かを言われたりそのとおりにする筋合いもありません。

市内の顕正会の会館には看板が掲げてありますて、そこにはこう書いてあります。「冨士大石寺顕正会 長岡会館」。本当に紛らわしいといいますか、日蓮正宗の者でない者が総本山大石寺の名前を勝手に使って掲げていますし、富士の字も、日蓮正宗では富士を冨士と書きません。これでは何も知らない人は、顕正会は大石寺と何らかの関係を持っていると誤解されるでしょうし、日蓮正宗の信徒としてもそんな事実はないわけでたいへん困ってしまうのです。

たった看板一つだけとってみても、たくさんの人を惑わし、困らせ、迷惑をかける。顕正会はそういう団体なんです。教義の中身云々以前に、そもそもそんな団体を誰が信用できますか?

日蓮大聖人の正しい教えがわかるのは日蓮正宗だけです。

日蓮正宗の信仰は、悩みを自分の中でどう受け止めて、乗り越えていける自分になれるか・・・またその抱えている悩みを糧として、自分自身をさらに成長させていけるかどうか・・・いうことを教えてくれる信仰です。
抱えている悩みに目を背けるような生き方や、悩みに振り回されて終わる人生に、本当の充実はありません。

悩みや問題に対して自ら挑戦していけるような生き方を教えるのが、この日蓮正宗の信仰です。 

日蓮正宗のお寺は、いま生きている私たちのためのお寺でもあります。

悩みの原因をつきとめ、仏様(御本尊様)の偉大なお力と智慧を授かる道場が日蓮正宗のお寺です。そこにいる住職(僧侶)は仏法的な観点から問題解決に向かってアドアイスをし、正しい道へと導いていく役割を担っています。

あなたも一度お寺にきてみませんか?

「信仰のすゝめ」より

お近くの日蓮正宗のお寺は下のQRコードから検索できます。 

ご質問お問合せは下に連絡先がありますのでそちらからどうぞ。コメントもお待ちしております。

ぜひ一度日蓮正宗のお寺にいらしてください😄


※実名は直接ご連絡がとれない間は控えさせていただきます。
※非通知やワン切りの電話には一切対応できかねます。
※迷惑行為にはそれなりに対応させていただきます。

霊感商法相談1万件超

数日前の地元新聞紙上に「霊感商法相談1万件超」という記事がありました。 法テラス(日本司法支援センター)という組織には毎月200件前後の相談が寄せられていて、信者または元信者の方、またそのお子さんやお孫さんからも相談が寄せられているそうです。 相談された方の所属する、または被害に...